（1925～2016）
まさか
「ブーレーズが、ドイツグラモフォンでマーラーの交響曲全曲を録音するような普通のスター指揮者になる」
とは思いませんでした（苦笑）。
その後、全部聴きました。(ついでに60年代～70年代のCBS（ソニー）の録音も聴きました。）
DGにとって、クーベリック、バーンスタイン、アバド、シノーポリに続いてこれが実に５種類目の「マーラー交響曲全集」になるわけですが、
もしかしたら「スター指揮者が、有名楽団を指揮して、伝統あるメジャーレーベルに、マーラー交響曲全集を録音する」というのは、
DGに限らず、このブーレーズが「最後」になるのかも知れない、という気もします（根拠は特にありません）。
（2012年10月記、2013年3月追記、2016年1月一部改訂）
同じ楽団を指揮した「第9番」よりは全体的に厳格で引き締まった雰囲気が強く、この指揮者とこの楽団に対する通俗的な印象には合っているように思う。
正直、この曲の一般的なイメージに合っているとは言い難いものの、クールでそっけない指揮をすることを故意に楽しんでるかのような指揮者独特の世界にいつのまにか引きこまれかねない不思議な魅力を持つ演奏でもある。
シェーファー（S）、デ・ヤング（Ms）、ウィーン楽友協会合唱団。
冷徹尊大な指揮者に抑圧され尽くされたオーケストラ。基本的には、どこまで行っても熱気に乏しく表面的な迫力に欠ける、この曲としてはある意味実につまらない・・・ように聴こえる演奏。
ただ、少なくとも指揮者には衒いや山っ気は皆無。徹底して真面目かつ真摯な演奏であり、決して小さくまとまってはいないこともまた事実と思う。
また「抑圧されたオーケストラ」が、声楽陣の精緻さと深さ（独唱も合唱も、ブルックナーのモテト（断じてミサ曲ではない）を連想させる清澄さを湛えていると同時に素朴な力強さを併せ持っている）を際立たせているのは初めから狙っていた効果なのだろうか。
なお、本演奏の第3楽章には、ベリオの「シンフォニア」のパロディーを聴かされているかのような独特の倒錯した味わいがあることを、一応、付記する。
（また、90年代の「第5番」「第6番」の録音と、世紀が変わってからの「第2番」「第3番」の録音を比べると、「ウィーンフィルも（・・・この部分は自主規制・・・）だな」、とまで言いたくなるほどの違いを感じないでもない・・・。）
ミントン（Ms）
カメラータ・シンガーズ、リトルチャーチ・アラウンド・ザ・コーナー少年合唱団＋トリニティチャーチ少年合唱団、ブルックリン少年合唱団。
徹底して表面的な効果を抑えた・・・いや、違う。「故意に面白くなく聴かせる」かのような演奏。
これはもはや、精緻とか感傷性が低いとか、あるいは新古典主義的とかそういう次元の話ではなく、
「皆さ～ん！マーラーの交響曲第3番って、実はこんなに退屈でつまらない曲なんですよ～！」と主張するための意図的な悪意を反映した演奏とさえ言えるだろう。
・・・そこまでは言わなくても、とも自分でも思ったので落ち着いて聴き直してみたが、
凡ミスが「実演だから」では看過できないくらいのレベルと回数で存在し（しかも、それを補ってあまりある「なにか」を聴き取るのは困難だし）、第4楽章の独唱者も第5楽章の合唱団も、なにか歌いにくそう。（「第3番」へのミントンの出演、という意味では貴重盤だという気もするが。）
指揮者も楽団も緊張感に乏しいというか「士気」の低さは否めない演奏、とは言わざるを得ない。
第1楽章が終わったあとに拍手が「普通に」起こって「20秒ほど」続く。第3楽章のあとにも「10秒ほど」続く。正直、そうしたくもなるお客さんが少なからずいただろうことは私なりに理解できなくもない（苦笑）。
ただ、本CDは正規盤である。しかも、ニューヨークフィル自らが企画したCDでもある。
そこに、指揮者にとっても楽団にとっても名誉になるとは全く思えない演奏が収録されたのは、なぜなのだろうか。
フォン＝オッター（Ms）、ウィーン楽友合唱団の女声合唱、ウィーン少年合唱団。
この指揮者とこの楽団らしく（？）、よくも悪しくも感傷なしに淡々としかし美麗に進行する演奏。全体的なクオリティは高いが、個人的な好みからみれば重みや深みにはやや不足するとも思わざるを得ない。
というか、この「第3番」も少し上の欄でとりあげた「第2番」も、「第5番」～「第7番」あたりの「録音から感じられる積極性や曲と演奏者の相性の良さ等々をあまり感じない、「交響曲全曲録音の完結ありき」の雰囲気が強い録音とも言える。
第4楽章での独唱者とオーボエのアイロニカルな共演が最大の聴きどころ。
バンセ（Ｓ）。
引き締まったオーケストラの響きに、冷徹で見通しのよいしかも神経質ではない指揮。その中に仄かにひろがる叙情性が魅力の演奏。バンセのほの暗い声に基づく落ち着いた歌唱も指揮者の解釈の下で的確にコントロールされているものと思う。
ただ、よくも悪しくも「楽しい」演奏ではないため、好みは分かれるかも知れない。
全体的に「暗い」が、重苦しくはなく緻密。マゼール/WPほどの壮大なスケールは無いし、バーンスタイン/WPのようにエモーショナルで快活な演奏でもないが、一見ドライでそっけない解釈の中にマーラー独特のダンディズムを浮き彫りにしたブーレーズ/WPもこの曲の個性的で魅力ある演奏のひとつと思う。
演奏の基本的な性格は上記「第5番」と共通するが、こちらのほうがより透明感が高く厳格でダイナミック。
感傷過多にならなくても作曲者と自分を同一視しなくても「歌わせ」なくても神経質に分析的なことをしなくても妙に細部を強調しなくても、とても「面白い」演奏。
なお、アンダンテ楽章の手厚く人懐こい表現には惹きつけられるものがある。
微妙に不健康でセクシーな第1楽章、そっけなくユーモラスな第2楽章と第3楽章、急いだテンポで全くひたらせてくれない第4楽章、ドライな皮肉さが爽快に伝わる第5楽章、と全曲を通して間然とするところがない。
曲の性格のせいか楽団の違いか、「第5番」「第6番」に比べると指揮者の恣意的な解釈がよりはっきりと現れているが、それが曲の魅力も演奏の価値も高めている。名演。
ロビンソン、ウォール、ケイロス（Ｓ）、デヤング、シュレーダー（CA）、ボタ（Ｔ）、ミューラー＝ブラッハマン（Br）、ホル（Bs）、ベルリン国立歌劇場合唱団、ベルリン放送合唱団、カルヴ・アウレリウス少年合唱団。
第一部を聴いていて、冷たくてそっけなくて緻密で・・・まあ「ブーレーズらしいな」で済まそう（苦笑）としていたら、それだけでは済まない妙な「懐かしさ」があることに気付いた。その傾向は第二部に入ってからはさらに強くなり、温かく情熱的な演奏とさえいえるほどのものになって来ていた。
「なかなかいいじゃん？！」と思い始めたその瞬間、でも「これって、マーラー、というより、別の作曲家（あえて具体名は出さない）の作品を聴いているような感じもあるな」とも思ってしまう。それを境に私のテンションも少しずつ下がっていった、という以上に
「あるマークを堂々と掲げたステージで、楽団員や合唱団員は黒制服風あるいは褐色制服風の衣装を着ている（もちろん少年合唱団は某ユーゲントみたいな制服）」という挑発的な演出の下でこの演奏が行われているのではないか、というグロテスクかつアイロニカルな妄想にとらわれ、もう、楽しめなくなっていた（自嘲）。
まあ、そんな妄想を抱くのは私だけかと思いますけど（爆）。
ともかく、本曲の「個性的な」演奏であると同時に、少なくともWPとの「第2番」よりは管弦楽・合唱ともに「熱い」演奏であることは間違いない。ブーレーズの「全集」では４つ目の楽団ということになるが、シュターツカペレ・ベルリンの起用は大成功と思う。
なお、本CDの解説者の岩下眞好氏はライナーノートの中で
「熱心なマーラーファンのなかにも、どうも第8番は苦手という人が案外いるようだが、この演奏を聴いて、わかったと思う人も多いのではなかろうか。」と書いておられるが、
少なくとも私はそれには当てはまらない、と自分では思う（苦笑）。
というか、あくまでも個人的な意見だが「熱心なマーラーファン」と「第8番が苦手」とが両立する、ということはあり得ないと私は思っている（苦笑）。
決して悪い演奏ではない。いや、かなりいい演奏である。
しかし、ブーレーズ指揮の他の曲や、同じオーケストラを用いたジュリーニ盤やショルティ盤の「第9番」と比べると、少々締まりが無いというか仕上がりが雑なように思う。
指揮者の解釈というか姿勢と、聴こえてくる演奏の基本的な特徴は他のDG録音の曲と同様なのだが、
正直、オーケストラが乱暴なところが目立つのが個人的には気になる。もちろんそれを逆手にとって（？）迫力ある表情付けを行ったのが効果的な部分も全曲を通してあちこちにあるのだが。
・・・でもそれは、このＣＤが「ブーレーズ指揮」だ、という先入観を持って聴いているために出てくる疑問や不満のようにも思う。というか、もっとはっきり言えば「精緻」とか「冷徹」とか、そういうよくある決まり文句のイメージに合わない演奏だ、というだけのことかも知れない。
もしこれを「他の指揮者の演奏」として聴かされたら、私は絶賛するような気もする（苦笑）。
解説書には「クルシェネク版使用」と明記されている。
あっさりとそっけない解釈、と思いきや、決して緻密とは言えないが意外にもしっとりとした暖かみがあり、かつ明朗に歌い上げる不思議な演奏。
使用楽譜についての記載はなかったようだが私が読めなかったか見落としたか、というだけかも知れない。ただ聴いた限りでは上記LSO盤と同じような気もする。
猫も杓も「全5楽章」で「第10番」の時代にあえて一石を投じる（そんなわけないだろうけど）老指揮者の新鮮で意欲的な演奏。
というか「アダージョ」やその演奏・録音は「不完全な第10番」ではなくて、それ自体、一個の完結した作品・演奏とみるのが「正しい」のではないか？という日ごろの個人的な思いを後押ししてくれるかのような、熟成された余裕たっぷりの演奏である。
シャーデ（Ｔ）、ウルマーナ（Ms）。
冷え冷えとした作り物めいた美しさを湛えたオーケストラの響きは、でも、この曲には合っているのだろうという気もする。ウェットさの全くない「大地の歌」、私は嫌いではない。
メゾの独唱者はそんな指揮と楽団の状況を十分に理解した上でぴったりと寄り添った歌唱を聴かせる。
一方、テノール独唱者は必ずしも空気を読み切れていないようで、やや場違いな熱血さを見せている。そのミスマッチは必ずしも悪いものではないのだが、正直、技術的にもまた他の演奏者たちとのバランス上も、もっと良い独唱者はいなかったものか、とも言わざるを得ない。
シカゴ交響楽団のギラギラした華やかな音色とも相まって案外山っ気のある解釈の荒削りで派手な演奏。ただそういう解釈と演奏が「この曲は”交響曲第2番の第1楽章”ではなくて”葬礼”です」と、はっきり告げているかのような説得力をもって迫ってくる。
1970
ゼーダーシュトレーム（Ｓ、第1部）、リアー（Ｓ、第2部第3部）、ホフマン（Ms、第1部）、ヘフリガー（Ｔ、第1部）、バロウズ（Ｔ、第2部第3部）、ニーンシュテット（Br）、ロンドン交響楽団合唱団。
解説によると、まず「第2部・第3部」を収録し、その翌年に”発掘”された本曲初稿の「第1部」を追加して録音された、とのこと。
「第1部」に関しては「世界初録音」でもあるようだが、いずれにしても全曲としては「折衷版」。
全体的に異様な迫力を持つが粗さと生硬さが気になる演奏。
まとまりのなさというか散漫さが目立つ第1部よりは、第2部・第3部のほうがまだクオリティが高いが、心を揺さぶられることも脳を刺激されることもない平凡な演奏とも言わざるを得ない。
また、もともとの録音がよくないのか、それともCD化の失敗か、浅薄で騒々しい落ち着きのない音質も大きなマイナス点。
「嘆きの歌」の録音ならば、他にもっとよいものがいくつかある。
ブーレーズのマーラー録音を集めている人以外には積極的に薦められないＣＤである。
レシュマン（Ｓ）、ラーション（CA）、ボータ（Ｔ）、ウィーン国立歌劇場合唱団。
ザルツブルク音楽祭での収録。
「1898/99年版」なので、「Ⅰ」「Ⅱ」の2部構成。ウィーンフィルによる「嘆きの歌」というのもめずらしいが、本作品の初演楽団によるCD、ということにもなると思う。
木管の音色と緻密なアンサンブル、独唱者の表情豊かな歌唱には聴くべき部分が多いが、全体的には正直穏健に過ぎる演奏。
この曲ならば荒削りであってももっと迫力のある演奏を求めたい。
クヴァストホフ（Br）。
独唱者ともども極めて端整で品のある演奏だが、それと同時に、 バーンスタインが最晩年に同じ楽団を指揮した（独唱者はハンプソン）同曲の録音よりも、暖かみがあるというか恰幅のいい演奏だとも思う。
いずれにせよ「若者」の歌、というよりは、老大家がかつての苦い思い出をほのぼのと振り返っているかのような雰囲気。
コジェナー（Ms）、ゲルハーヘル（Br）。
「歩哨の夜の歌（Br）」「無駄な骨折り（Ms）」「不幸なときの慰め（Br）」「この歌を作ったのは誰？（Ms）」「この世の生活（Ms）」「レヴェルゲ（Br）」「魚に説教する（ｒｙ （Br）」「ラインの伝説（Ms）」「塔の中の囚人の歌（Br）」「美しいトランペットの（ｒｙ （Ms）」「高い知性を（ｒｙ （Ms）」「少年鼓手（Br）」の順に12曲。
一見そっけなく歌っていて非力にさえ聴こえたゲルハーヘルは、聴き進めていくうちに実は結構クレバーで芸達者だな、と思い、
最初は表情豊かにたっぷりと歌っていたかのようなコジェナーは、はっきり言うが、だんだん余裕がなくなってくるというか表面的な浅い効果に走っていく感がある。
指揮とオーケストラは・・・本歌曲集のドライなユーモアやアイロニカルな表情付けを巧妙に表出できるのではないかと思っていたのだが、実際にはあまりにも作品から距離を置き過ぎて、単に痩せて枯れた音にしかなっていない部分が多過ぎると思う。期待はずれ。
フォン＝オッター（Ms）。
美しく磨き抜かれた弦楽器、味わい深く表情豊かな管楽器、知的かつ情感たっぷりに、かつ、優しく語りかけるように歌う独唱者。
しかし、全体的には、それらが淡々と進行する極めてドライで酷薄な演奏。
また、マーラー自身の体験と、この曲とを全く別個のものとして聴きたい、という人にはこれ以上の演奏はないと思う（もちろん、本来、そういう曲なのだが）。
いや、あえて言おう。
これ以前の「亡き子」が、センチメンタルに過ぎただけなのだ・作られてから1世紀のあいだ、この曲はこのように演奏されるときを待っていたのだ、と。
ミントン（Ms）。
「美しさゆえに愛するのなら」「真夜中に」「ほのかな香りを」「私の歌をのぞきこまないで」「私はこの世から姿を消した」の順。
ミントンの歌ったマーラーの歌曲を聴けるのは個人的にはうれしい。
スリムで乾いた伴奏が丁寧で瑞々しい声質と歌唱の独唱者によく合っている。
ただ、指揮と楽団に関しては、緻密で感傷性が低いのはいいのだけど、なにか表面をなぞっただけのような感はなくもない。
ウルマーナ（Ｓ）。
「私の歌をのぞきこまないで」「ほのかな香りを」「美しさゆえに愛するのなら」「私はこの世から姿を消した」「真夜中に」の順。
短めの3曲（最初の3曲）は、軽すぎてフワフワと落ち着かない、重みを欠く演奏。
長めの2曲も、とても美麗なのだが、深みに欠けるといわざるを得ない。
全体的に違和感の多すぎる演奏。
その原因は、「ソプラノの」独唱者起用。
・・・でもウルマーナにはなんの責任もない。ブーレーズにもWPにもたぶん責任はない。あるとすれば「この歌曲集を「ソプラノの」独唱者に歌わせる、という企画を立てた人たち。
個人的には、この歌曲集も、フォン＝オッターで聴きたかったアルバムである。