（b．1936）
「私は基本的にそのCDしか持っていない」のでご容赦を。
ちなみに、私が持っているその「インバル/フランクフルト放送交響楽団のマーラー交響曲全集（DENON：00CO-2589〜2604）は、ピュア・ゴールドCD16枚組のものである。
1988年11月初出。限定3,000セット（だっだと思う）のうちの「No．1153」。
1989年4月から5年間住んでいたＴ市の小さなCD屋さんに私が初めて行ったときからずっと棚にならんでいたセットだった。
何度も通っているうちに顔なじみになった店主さんに「あれはいつ売れるんでしょうね？」などと話をしたことも一度や二度ではなかったのだが、
全く売れる気配のないまま3年以上が過ぎた。
1992年の暮、ついに（？）店主さんは言った。
「TILLさん、”あれ”を買ってくれませんか？この値段（電卓で具体的な数字を提示）で売りますから。」
そもそも高価なものだったし、そのとき店主さんから提示された金額も決して安いものではなかったのだが、それまでの経過（？）もあり、ここは買うべきだろう、と判断したのだった。
1994年春に私はＴ市を去り、そのCD店に行くこともほとんどなくなった。
97年の秋に一度だけ行ったことがあるが、その後お店をたたんだようである。
今では当時に買った多くのCDだけが「私がＴ市で5年を過ごした」証拠になってしまったことに加えて、このインバルの全集セットの初出時期と「そのお店でずっと売れ残っていた」時期がどんな時代だったかを思うと、極めて感慨深いものがある。
（2012年7月 記）
内声部の厚さとそれが明瞭に聴こえる録音とが、特に中間の２つの楽章の長閑なアイロニーの中で生きる。その一方で両端楽章は刺激的ながらやや深みに乏しい。
ドナート（Ｓ）、ゾッフェル（Ms）、北ドイツ放送合唱団、デイル・ワーランド・シンガーズ。
全体的に武骨で引き締まった響き。第1〜3楽章はスケールの大きさはないが室内楽的な緻密さと生々しい音色が共存した独特の演奏。ゾッフェルの独唱ともども穏健でストイックな「Urlicht」を挟んで、大仰さの全く無い敬虔な終楽章で締める。
ゾッフェル（Ms）、リンブルク大聖堂少年合唱隊、フランクフルト聖歌隊女声合唱団。
第1楽章は少々「小さい」演奏だが、第2楽章第3楽章では優れた録音とも相まって鮮やかで爽やかな音が生きている。第4楽章と第5楽章の繊細な抒情もよい。
でも第6楽章は大きな音を出すと大味になってしまうのが残念。
ドナート（Ｓ）。
どことなく固さ・生硬さがあった「第1番」〜「第3番」とは異なり、柔らかくしっとりとした音色が大変魅力的。指揮も解釈も彫が深くなり、大胆なグリッサンドも微妙な表情の変化もとても素敵。
独唱者が若干力みがちなところがあるのが玉に瑕だが、指揮・楽団・演奏・録音それぞれの充実とバランスの良さの前にはそれさえも些細な問題とも思う。
「録音の良さ」に指揮や演奏が負けていない本全集中ではほとんど唯一の録音、と挑発的な褒め方をあえてしておく。
勢いはあるし軽快だが、上記「第4番」よりも「浅い」というか、一貫性や力強さには欠ける演奏。
そしてそうなってくると「優秀な録音」は、オーケストラの「薄さ」を際立たせる方向に作用してしまうようにも思う（私が本CDを聴くのに使っている機材が貧弱なせいだ、と言われたら反論はできないが）。
部分的には面白いところも多いのだが、全曲を通した場合には正直散漫でまとまりに乏しい演奏。
ただ、見方を変えれば、この曲に対する通俗的な解釈というか解説（本CD初出時の広告はまさにそれに乗っかったものであったにもかかわらず）とはよくも悪しくもあまり縁のない演奏ともいえる。
いずれにせよ本曲の終楽章に「ハンマーの打撃で英雄が倒れる」（笑）みたいなイメージを過剰に期待する方々は、本録音は避けたほうが良いと思う。
全体的にはスタイリッシュなすっきりとした進行なのに、細部は各楽章とも凝りに凝った上に露骨で大胆な表情付け。それらを小さくまとめようとしないのも恐らくは正しい解釈。
「軽めの」印象なのをどう評するか難しいところだが、とにかく「面白い」演奏であることは間違いない。
ロビンソン、ケイヒル、ハイヒェレ（Ｓ）、ブダイ、ヘンシェル（Ａ）、リージェル（Ｔ）、プライ（Br）、シュタム（Bs）、バイエルン放送合唱団、北ドイツ放送合唱団、シュトゥットガルト・ズュートフンク合唱団、西ドイツ放送合唱団、RIAS室内合唱団、リンブルク大聖堂少年合唱隊、ヘッセン放送児童合唱団、ヴァルター＝リントクヴィスト（org）。
個人的にはこの曲の録音で変に派手に大げさにやっているものは好きではないのだが、
だからといってここまで軟弱というか「非力」な演奏をされるとそれもまた好きではない、と正直に言う。第二部の最後だけ変に高揚するのも違和感を覚えるばかり。薄い響きが録音によって強調されるのも厳しいところ。
安っぽい感傷や下らない自己陶酔からは最も遠い、極めて「軽妙」な演奏。
随所にある聴こえよがしの皮肉な表情付けも、余裕たっぷりに聴こえるのがとても頼もしい演奏でもある。
（ただ、私がこのCDを気に入っている大きな理由は「1980年9月に私が最初に聴いたこの曲の演奏（NHK−FMで）」が「インバル/フランクフルト放響だった（もちろん本演奏ではない）」だった、ということも書いておかないと不公平？でもあると思う（苦笑）。）
一見すっきりと快適に進むようで細かく聴くと結構ねちっこい演奏。ただ同日程で録音された「第9番」ほどの緊張感・緊迫感はない。
インバル/フランクフルト放響が80年代の録音よりもずっと成熟した説得力のある演奏を聴かせてくれる。深く大胆なテンポの揺れや表情付けが目立つものの、そこにあざとさや下品さを感じさせることは一切ない清冽な演奏でもある。
（ただ、このCDに限らず「クック版の優れた演奏」とは、楽章が進むにつれて際立ってくる音の薄さや単調な構成・進行などの”弱点”を露呈させる演奏でもある、という矛盾をどうしても持っているような気もしないではないのだが。）
シュライヤー（Ｔ）、ヴァン＝ネス（Ms）。
テノールは誠実だが浮き気味。メゾは無難だが存在感には乏しい。指揮と楽団は真面目で丁寧だがそれ以上の魅力に欠ける。
ヒンニネン（Br）。
独唱者・指揮者・楽団いずれも構えが大きく彫が深く露骨な表現の、しかし快活で上品な味わいのある演奏。
ヒンニネンは決して美声とは言えないし歌いまわしもやや不器用なところがないでもないが、本歌曲集の甘美さ・苦さ・切なさを誠実に過不足なく明瞭に表現している点はとても親しみが持てる。
フェルミリオン（S（「S」？！））、ヴァイクル（Br）。
「歩哨の（略）」（S・Br）→「この歌を（略）」（Ｓ）→「不幸な時の（略）」（S・Br）→「レヴェルゲ」（Br）→「美しいトランペット（略）」（Ｓ）→「うき世の（略）」（Ｓ）→「塔の中の（略）」（S・Br）→「少年鼓手」（Br）→「Urlicht」（Ｓ）→「魚に説教する（略）」（Br）→「ラインの伝説」（Ｓ）→「無駄な（略）」（S・Br）→「高遠なる知性への（略）」（Br）
以上１３曲。
まずヴァイクル。
テンシュテット盤（EMI）での彼の歌唱は本歌曲集の録音中文句なしに・・・だったが、それと比べれば本録音は格段に良くなったと思う。
オーバーな感情表現や作為的な表情付け自体は決して少なくないものの、かつては無用な力みや醜い自己顕示と受け取られたものはかなり希薄になり、それに変わって強烈な皮肉・乾いたユーモア・深い寂寥感が各曲に応じて余裕を持って表出されている。
特に「レヴェルゲ」と「少年鼓手」それに「魚に説教する〜」では、彼の持ち前の美声と、程よい感情表現とのバランスのとれた歌唱を楽しめる。
次いでフェルミリオン（私が持っているCDでは「ソプラノ」の表記だが、メゾではなかろうかと）。
深く美しい声で知的で品のある歌声。特に「美しいトランペット〜」や「Urlicht」など、つぼにはまった曲では切れ味鋭い名唱を聴かせる。
なお本CDは一部の曲を「デュエット」にする、というスタイルでの最終期の録音のひとつと思うが、両者のコンビネーションには違和感はない。
ウィーン交響楽団のマーラー作品のレコード・CDは・・・少なくとも私が持っているものの中ではそんなに多くはないが、露骨だが違和感のない音出し・木管の侘しさ懐かしさ・歌手との自然なシンクロなど、マーラーを演奏する楽団としてのセンスはフランクフルト放響よりも優れているように思う。
インバルの指揮は、よく言えば各曲の性格の違いを的確に描きわけているし、悪く言えば曲ごとの（いや、同じ曲の中でさえも）出来のばらつきが大きいもの。
しかし、本当の問題点はそこではなく・・・
「インバルさん！あなたの唸り声というか鼻歌と言うか、ほんっとに邪魔なんですけど！（笑）」
いや、冗談でなく、他の曲はともかく「美しいトランペット〜」では許し難いです。